RESEARCH

高等植物の形態形成における膜交通メカニズムの役割
真核生物の形態形成には,細胞の極性確立が非常に重要であることが知られています.細胞極性の確立には,細胞膜上へのタンパク質の方向性を持った輸送,いわゆる極性輸送が重要な働きをしています。植物におけるタンパク質の極性輸送は,根毛や花粉管の伸長など,“先端成長”をモデルとして精力的に研究され,カルシウム,細胞骨格,ミオシン等モータータンパク質,フォスファチジルイノシトールリン脂質,Rab, Ropなどの低分子量GTPase,SNAREなどの分子が重要な働きをしていることがわかっていますが,これらの分子間の相互作用に関しては,不明な点が多い状況です.
当研究室では,1994年に,シロイヌナズナから,液胞膜SNARE,AtVam3の単離および解析を世界に先駆けて行った研究を皮切りに,液胞の動的構造の解析,シロイヌナズナSNARE細胞内局在マップの作成,細胞膜SNAREの発現および細胞膜上での局在解析,根毛と花粉管伸長に関与するSANREの発見,フォスファチジルイノシトール3リン酸(PI3P)をフォスファチジルイノシトール3,5ビスリン酸に変換するキナーゼFAB1とエンドサイトーシスとの関わりなどの成果を得てきました.
イノシトールリン脂質(PIs)は,イノシトール環の3,4,5位の水酸基がリン酸結合されることにより,7種類存在します.そのうち,3位と5位にリン酸が結合したPI(3,5)P2は,FAB1によって合成され,4位と5位にリン酸が結合したPI(4,5)P2は,PIP5Kによって合成されることが知られています.
我々は,モデル植物シロイヌナズナを用いて,FAB1の機能解析を中心に研究を行い,FAB1が後期エンドソームに局在し,後期エンドソームの成熟に働き,加えて,表層微小管の配向制御に機能することを明らかにしてきました.そして,最近,まっすぐ伸びる根毛は,先端成長を制御するPI(4,5)P2と側面形成を制御するPI(3,5)P2の調節によって,形成されていることを明らかにしました.
高等植物の形態形成における膜交通メカニズムの役割
膜タンパク質輸送制御技術による重金属耐性植物の作出
我々は,バクテリアの持つ水銀輸送体MerCを植物に移植することによって,ファイトレメディエーション機能をもつ水銀耐性植物の作出に成功しました.単にMerCを植物に発現させると,MerCは細胞内でゴルジ体に局在しました.そこで,液胞に局在するSNAREタンパク質であるAtVAM3をMerCに付加することによって,MerCを液胞に局在させ,液胞に水銀を溜め込ませるように設計しました.このように,特定のたんぱく質を特定のオルガネラに局在させるシステムを“オルガネラターゲッティング技術”と呼んでいます. オルガネラターゲッティング技術によって,AtVAM3-MerCを発現するトランスジェニック植物は,水銀耐性を示しながら土壌中の水銀を液胞に溜め込み,汚染した環境を浄化する能力を持っています.
一方,猛毒として知られる重金属の中に,「ヒ素」がよく知られています.我々は,オルガネラターゲッティング技術を用いて,ヒ素耐性植物の作出に向けて研究を行っています.
膜タンパク質輸送制御技術による重金属耐性植物の作出
新規転写制御因子VOZによるストレス応答機構の解明
大地に固着生活している植物は,環境から受ける様々なストレスから動的に逃れることができません。このため,植物は,環境からのストレスに対応して転写制御系や転写後制御系による調節によって細胞内の構成をダイナミックに変化させることで,様々な環境ストレスに適応しています.環境ストレスは,低温,凍結,高温,塩,浸透圧,光ストレスなどの非生物的ストレスと病害虫,病原菌などから受ける生物学ストレスに分類することができます。非生物的ストレスに対する適応反応には,DREB1/CBF経路,アブシシン酸(ABA)経路等が関与し,一方,生物学ストレスには,サリチル酸 (SA),ジャスモン酸(JA)経路が関与しています.非生物的ストレス経路と生物学ストレス経路は,互いにトレードオフの関係にあることが知られていますが,これらの経路間のクロストークの実態は未だに不明な点が多く存在します.
当研究室では,2004年にシロイヌナズナ液胞膜に存在するH+ポンプAVP1遺伝子のプロモーター領域に結合する因子としてVOZ(VASCULAR PLANT ONE-ZINC FINGER)1/2を単離しました.VOZ は,ヒメツリガネゴケから被子植物まで高度に保存されているタンパク質で,in vitroにおいてGCGTNx7ACGC配列に結合し,転写活性化能を持つことから,陸上植物の生存に非常に重要な転写因子であることが予想されましたが,長い間,その機能は未知でした.
我々は,voz1voz2二重変異体を用いてマイクロアレイ解析を行い,その結果,voz1voz2二重変異体は,通常生育条件においても低温などの非生物学的ストレスに応答する遺伝子群の発現が有意に変化していることを発見しました.そこでvoz1voz2二重変異体の様々なストレスに対する耐性を調べたところ,凍結,乾燥等,非生物的ストレスに対する耐性が非常に上昇しているのに対して,炭疽病菌,病原性バクテリア等,生物学ストレスに対する耐性が極度に低下していること,また,VOZタンパク質は,低温,乾燥などのストレス下でユビキチン・プロテアソーム依存的に分解することが明らかとなりました.これらの知見から,VOZは,「環境からの様々なストレスシグナルを統合し,植物の生存にとって最適な適応応答を制御するマスター転写因子である.」との着想を得えています.
新規転写制御因子VOZによるストレス応答機構の解明
虫こぶ形成メカニズムの解明
虫こぶ(虫癭,gall)は,昆虫が植物体に寄生して形成する給餌組織で,高度な形態制御とアミノ酸等栄養素の転流・蓄積を特徴としています.この植物組織の統合的かつ劇的な変化は植物本来の能力や植物ホルモンの働きだけでは説明できない非常に興味深い研究対象ですが,ゴール形成が年に1〜数度しか行われないこともあり,その形成機構や植物—昆虫相互作用の詳細を明らかにするには至っていません.
我々は,3年前から,虫こぶの形態形成機構解明と利用のプロジェクトを開始しました。昆虫が引き起こす植物組織の形態変化,代謝プロファイルの変化と有用物質を大量蓄積させる仕組みを解明することを目指しています.この研究は,植物の農業形質を改変する新たな形態制御手法や代謝制御・物質生産手法の創出,転流メカニズムや植物ホルモンの潜在的機能の解明に繋がる新規知見の提供など,様々なベクトルでの研究展開と実用化に繋がる技術開発の可能性を秘めていると思われます.
虫こぶ形成メカニズムの解明